台所のおと

私の大好きな本の1つに幸田文の「台所のおと」というお話があります。
料亭の主人佐吉が病に倒れ床に伏しているその隣の台所で、妻はごくごく静かな物音で主人の代わりに料理をつくる。障子一枚隔てただけの距離で、佐吉は妻の蛇口をひねる音、包丁の音など静かで柔らかな一つひとつの音を耳にすることで、あたかも自分が台所に立っているかの如く、病で動けない不甲斐なさを慰めている。
店を手伝っている若い娘・初子は、佐吉の妻が持っている柔らかで静かな音に対して、ザワザワした音を持っている。だから初子が店に入ってきただけで、空気がザワつきだすのを感じる。

女性には人それぞれ「音」があるのか。。。とこれを初めて読んだ時すごく感動したのを覚えています。幸田文の研ぎ澄まされた感性は、「凛」という言葉が似合うと思うのですが、文章を紡いでいるその日本語もまた美しいので、特に台所のおとについては言葉だけでピンと張りつめた冴え冴えとした様子が伝わってきます。

そんな「台所のおと」さながらのエピソードが我が家でもありました。
先日、突然の腹痛で動けなくなり2階の布団の中で朦朧としながら横になっていたのですが、我が子2人は「ママが元気になるものを作ろう!」と階下の台所で何やら支度を始めました。

コップが入っている戸棚を開ける音。

冷蔵庫を開ける音。

牛乳を取りたいんだけど、取れないから椅子をそこまで引きずってく音。

牛乳を注ぐ音。

電子レンジを開ける音。

(え?電子レンジの使い方なんて教えたことあったっけ?)

ピッ、ピッ、ピッと何やらボタンで設定してる音。

(オーブンと間違えてないかな?)

ウィーンとレンジのお皿が周り出した音。

(良かった!間違えてない・・・)

レンジから取り出して、スプーンでカチャカチャカチャとかき混ぜてる音。

ガシャン!

(あ、牛乳こぼしたな・・・)

妹にコップを倒され、うなだれているお兄ちゃんの声。

「あおばちゃん。。。こぼれちゃったじゃん!」

そんなこんなで、最終的にお兄ちゃんが気を取り直してもう一回作って持ってきてくれたものは、
野菜ジュースをチンした飲み物でした。

でもそれは世界一美味しい飲み物でした。

ひと眠りして階下に下りてみると、こぼした牛乳を拭いてくれた雑巾、レンジから取り出すときに熱くて使ったであろう鍋つかみが転がっていました。
私が普段何気なくしている台所作業を子供達はちゃんと見ているんだなと、胸がギューっとなるのを感じました。

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